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どのような環境でも、美を正しく享受できるヒト

 私は、楽曲の形式や演奏における快く感じるリズム構造を「自然リズム」と名づけ、音楽・音響・心理・リズム・音楽教育などの学会研究発表や著書で提唱してきました。

 まず、音楽用語として使っている「リズム」。古代ギリシャ語の「かたち」という意味のリトモスが語源です。時間リズムという<時間感の変化のかたち>である音楽リズムは、リズムのひとつにすぎません。

 時間リズムは、音楽・宇宙のなりたち・生物の進化・人の成長・恋愛など、あらゆる事物のサイクルを支配しています。

 胎内の十月十日(とつきとうか)は、生物誕生から人類進化をたどる壮大なドラマの再現。誕生時は、すでに地球生物の35億歳ともいわれます。

 宇宙や地球の大自然現象から受けた生物リズムが、進化とともに人類の体にセットアップされ、遺伝子の本体であるDNAの全遺伝子情報(ヒトゲノム)として書きこまれ、受け継がれてきました。

 今を生きる私たち人類は、自らがもたらす自然破壊や戦争によって滅亡を早める危機にさらしています。それを克服しなければならない難問をかかえています。

 そうでありながらも、美しいものを美しいと、快いことは快いと感じるのは、35億年かけてプログラミングされた揺るぎない心が、たかだか数10年や数100年で壊された環境や社会に、やすやすと反応する訳がないからです。
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テーマ : 科学・医療・心理
ジャンル : 学問・文化・芸術

景観は耳で 音楽は目で

音も景観

 美術や音楽を学ぶのは、単に芸術の知識や鑑賞力を身につけるだけでなく、人間として平和で健康に過ごすため、危険から身を守るなど、日常生活における判断力を養うことにもあります。

 そのために、もともと人間に備わる自然リズムとその五感六感を酷使しています。

 しかし、実際の教育では、<芸術>と<環境/景観>が切り離され、感覚どうしの関連も教えられません。

 さびれたシャッター商店街の大音響もそのよい例です。朝から晩まで、天気予報から懐かしの歌謡曲まで、ひとつのラジオ放送チャンネルはうるさい。手軽な方法で、にぎやかさをねらうのですが、効果とは逆で、とってつけたイルミネーションはさびしくまたたくだけです。

 適正な音量・音質と内容でなければ、魅せる音の景観にならず、商店街からはますます人が遠ざかります。


 コンサートホールや美術館も同じ。人間のあらゆる感覚や仕組みに合わせて建てます。

 コンサートでは、エントランスの光、ホールのかたち、椅子のすわり心地感、休憩時間のワインの味、ステージでは着飾った演奏者、照明など、あらゆる感覚の刺激と魂で鑑賞します。

 自然の景観も、視覚だけで楽しむわけではありません。ただ、「景観」はやはり視覚系の文字ですが。

 さわやかな風の音を聞きながら、草木の香りの中で盆地や富士山を眺めて紅茶を飲みたいと移住した山麓。「自然リズムのモーツアルトを聞かせて栽培した果実はおいしい」というロマンもありました。それを人に自慢したこともあります。

 ところが…

 自慢できない事態がおとずれました。

 近くの畑から鳥獣を追い払う爆音が発せられるようになったのです。

 やがて、戦場もどき音響に。農機具業者が得意げに開発した新兵器だったのです。

 発音エネルギーはプロパンガス。叫ぶ「エコロジー」「温暖化防止」「二酸化炭素防止」にも反しています。

 作動は光センサー。早朝4時台から始まりますからたまりません。

 カラスやさるとDNAがほとんど同じ人間。同じ反応をしてあたりまえです。彼らとちがうのは、逃げ場がないことです。

 感性が強く音に敏感な人間は健康にも影響します。とくに、発育盛りのこどもは覿面。鈍感でわがままな我が子がその証です。

 このように、音が景観や環境をゆさぶる大きな要素にもかかわらず、行政や専門家は「公害でない」「規制がない」で応えるばかりでした。

 そもそも、くまやさるが農地にあらわれるのは、無秩序な森林伐採など人間みずからの自然破壊。生態系を崩しておきながら、生きるために食べ物を求める他動物を悪者にしたてて、仲間である人間の魂や幸せも奪ってきました。

 この地域には、それを容認する小学校があります。それは教室どうしに仕切りのない”先進的見本”を視察し、真似たというもの。となりの教室から聞こえる音は生徒と教師の集中力をさまたげます。

 うるさい授業は、あの爆音に耐える感覚を鍛えていたのです。それでは、藝術観賞どころか、落ち着きや機敏な感覚を養うことなど望むべくもありません。これも、通学した我が子が証明してくれます。

 最近完成した最寄りの駅も音では近代的から程遠い感じです。駅舎のデザインはすばらしいのですが、アナウンスの音量が響きすぎて聞きとれません。国際的建築家も扱う駅員も、やはり音の景観には無頓着です。

 いかにデジタル化が進んでも、アナログの自然界で進化してきた生物の人間。近代的とは、いかに刺激音に慣れるかではなく、いかに美しい音は美しいと享受し、危険な音は危険と感じることです。そうでなければ、だいじな身を守ることができません。


聞こえない人をコンサートに招待

 だれしも平和で健康に暮らす権利がありますが、私たち日本人は障害や障害者にたいする正しい教育を受けていません。知識や認識もあいまいです。

 たとえば、聴覚の障害。たずさわっている専門家でさえ「情報障害」「コミュニケーション障害」ととらえ、その生涯ある方々を音楽やコンサートと無縁のようにあつかっています。

 本業と直結しない社会貢献する日本IBMの「生の音楽を聞かせる」事業で全国の障害者施設を訪問演奏したとき、難聴者や聾者(ろうしゃ・中途失聴者を含む)も演奏に合わせて身体を動かし、よろこびを表す人々に接した私はショックを受けました。それまでの認識とあまりにも違っていたからです。

 以来、すべての聴覚障害者にコンサートの雰囲気を味わってもらいたいと念じ、私がかかわるコンサートや音楽祭に招待しています。

 鼓膜以外で音を感じることは、耳が聞こえなくなっても作曲や指揮を続けたベートーヴェンの逸話がありますが、なかなか実感がわきません。

 このことを、デイムス・エヴェリン・グレーニという完全に耳が聞こえないイギリスの打楽器奏者が証明してくれます。

 彼女はレオナルド・ダヴィンチ賞や大英帝国勲章を受け、グラミー賞を2度もうけている現在活躍する音楽家です。

 日本でもコンサートや講座を開き「音楽は聴くものではなく感じるもの」と説いています。

 その情熱と才能は「耳が聞こえなければ音楽家になれるはずがない」という世間の固定観念を覆しました。

 入学試験を拒んだ王立音楽院に「実力に基づいて決めるのでなければ、合格の意味は何ですか」と問い、いかなる障害があっても受験できるように改めさせました。以後全英の音楽大学にもそれにならいました。

 演奏家としてのグレーニの情熱や努力、苦悩を考えれば、同じように耳の聞こえない人への音楽提供は造作のないことです。

 





テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

長くて狭い地球のリズム

 せまい地球 そんなに急いでなんになる

 平均82歳の日本から36歳のジンバブエまで、同じ地球上にありながら差がある人間の寿命。地域や国に科学技術や健康への意識や知識と、それを支える経済力の違いがあるのでしょう。いずれにしても人間は100年の半分ぐらいの平均寿命です。

 人間を個体細胞とした人類。その寿命を<自然リズム>でみてみると、わずか数万年です。棲まわしてもらっている地球は数十億年もあります。

 今を生きる私たち人間からすると、「福島原発事故」は自然リズムを崩し人類の生命を狂わせたように思わせますが、これから50億年も存在する地球にとっては痛くも痒くもないこと。しかし、数万年しかない人類にとっては、本能としても危機から脱出を図り、自然リズムを祈り焦るのは当然です。
 
 地球を1メートル半径球に縮尺してみると、大気圏は1ミリ、エヴェレストは0,7ミリ、海の平均水深は0,4ミリ、人間が生活に使う水はスプーン一杯分だそうです。そこに行き場所を失った放射能物質が捨てられることになったら……

  折も折、先日リニアモーターカー中央新幹線の敷設ルートの発表。

 リニアモーターカーの輸送力は現行列車にはるかに及ばず、スピードにおいて飛行機に追いつかない、という困りものののりものです。消費電力では現行列車の40倍と聞くから驚きです。

 運行は電力。それも原子力に頼るしかない現状です。にもかかわらず、原子力発電所を持たない県の知事たちは「地球温暖化防止のためには原子力発電所は必要」という一方で「我が県に原子力発電所敷設を認めない」などというコメント。身勝手です。

 つねに快適さ、便利さ、長生きなど、漫画のような夢も追ってきた人類。最先端の技術に挑戦する喜びでした。それが現実に沿わないと目覚めたときは悲惨です。

……<廃船になった原子力船><見返りの少ない宇宙開発><怠慢な赤字で自治体を苦しめる本州四国連絡橋や東京湾アクアライン><燃費や乗り心地の悪さから路線閉鎖をした超音速旅客機>など枚挙にいとまがありません。いずれも、膨大な資金をつぎ込んでいます。

 リニアモーターカーも似た末路必着。コストからして高額運賃であることは明らかです。利用者は限られ、利用者や沿線住民へのリスクは小さくありません。

 せまい日本 そんなに急いでどこにいく
 
 地球と人間の自然バランスを見失った今。地球や日本の大きさを人間らしく感じて生きることはもう無理なのですから、せめて、お金のかかる<夢のお遊び>はここまでにして、これ以上後世に負担を残さない決断をすべきときではないでしょうか。

 くれぐれも、「何億人もが乗れるロケットをつくって何億光年も離れたほかの宇宙へ移住する」なんてバカな「ノアの方舟」を考えないでください。

テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

ヴィオラ・ダモーレとイングリッシュ・ヴァイオレット

 今、東西にあって活躍している弦楽器のほとんどは、中東から発しているようです。琵琶の形はヨーロッパのリュートとそっくり、モンゴルの馬頭琴はチェロと似ています。楽器を追うだけでも、世界の歴史や文化を妙味深く察することができます。

 拡大主義のイギリスは「東インド会社」をつくったとき(1600)、東インド(西インド諸島に対し、インドやトルコを含む中東)から楽器を持ち帰りました。そのなかには、擦って弾く絃と別に共鳴絃を張った弦楽器があり、それを真似て当時盛んであったヴィオラ・ダ・ガンバ属(ヴィオール)に張ってみました。

 まず、イングリッシュ・ヴァイオレットと名付けて共鳴絃を10本から20本張ってみました。さすがに面倒です。効果も考えて改良し、弾く弦と共鳴絃をそれぞれ6ないし7本に減らしヴィオラ・ダモーレとなりました。

 すでにヴァイオリン属が現れ台頭してきた頃で、その音量に負けまいとがんばったのですが、ユニークな音色の美しさだけが残りました。

 イングリッシュ・ヴァイオレットの<イングリッシュ>には「イギリスの」のほかに「天使」の意味もあり、<ヴァイオレット>は「かわいい」「小さい」。音色の割には図体が大きい楽器ですが、ヘッドには天使の顔が掘ってあります。

 <ヴィオラ>は弦楽器の総称。ヴァイオリンは「小さいヴィオラ」です。<アモーレ>は「愛」。「愛の弦楽器」とは、なんとすばらしい楽器名でしょうか。

 ちなみに、脚で支えて弾くヴィオラ・ダ・ガンバの<ガンバ>は「脚」。J1サッカーチーム名「大阪ガンバ」は脚のスポーツからくるものです。
 
拙著「ヴァイオリンとヴィオラの小百科ーー[付]ヴィオラ・ダモーレ」(春秋社)の表紙写真。
手前からヴィオラ(イタリア 1780:ロレンツオ・ストリオーニ)、ヴィオラ・ダモーレ(日本 1975:佐藤正人)、イングリッシュ・ヴァイオレット(オーストリア 1725:マテアス・グリゼール)
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テーマ : 楽器
ジャンル : 音楽

部分と全体がつくる藝術

 絵画や彫刻でみる人の形は、体全体に対して頭・胴体・手足などの部位、さらにその部分である目鼻・腕・脚・指など、部分と全体がバランスよく配列されています。空間藝術の造形だけでなく、音楽などの時間藝術も部分と全体のバランスで維持されています。

 美術は空間における部分と全体の比率、音楽は時間進行の比率によって美しさや快さが決まっていきます。どちらも人間はひとつのおなじ脳で判断し、ときに感動します。

 科学的にみる人体は、→細胞→分子→原子→素粒子→クォーク…と、全体は部分で構成されています。人間は人類。人間は人類を構成する細胞ともいえます。

 存在の意味はともかくとして、さまざまな苦しみを乗り越えて奇跡的に生きています。そのためには二大本能が働いています。

 食欲と性欲の脳における中枢は隣接し、進化の過程で知られているように、性と食の器官も隣接しています。おおまかには、食は人間(部分)を成長や健康維持を担い、人類(全体)は性によって維持されています。

 この世のすべてが部分と全体でなりたち、藝術の創造や感動の源になっています。


 そのことを述べた「美しい演奏の科学」(春秋社刊)から「部分は全体 全体は部分」の部分を次に書き出してみます。

------ ここで、理想的な女性美といわれるギリシャ彫刻「ミロのヴィーナス」のアウトラインをみてみましょう。

 なめらかなS字曲線のポーズ、腕から手、指までの関節の位置などの均整のとれたプロポーション、気品ある顔立ち、どこをとっても均整のとれたリズムです。

 各部位は黄金分割。臍から頭頂までが3、臍からかがとまでが5。どの部分も全体とのバランスで美しさをたもっています。 たとえ、それぞれの部分が美しく整っていたとしても、比率が規範からはずれていたら、「エロスを発散する美しさ」と評価されることはないでしょう。------
 

   
 
 

テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

リズムはゆらぐ

Author:リズムはゆらぐ
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リズムはかたち

音楽は時間藝術

時間感はゆらぐ

音楽リズムは
ゆらぐ時間感変化の
かたち

人を感動させる
うつくしい音楽は
ヒトが共有する
自然リズムのゆらぎ

音楽演奏は
時間のデッサン
である。

との提唱者
「リズムはゆらぐ」の著者




楽器はヴィオラ・ダモーレ

「ヴァイオリンとヴィオラの小百科
付ーヴィオラ・ダモーレ」の著者。

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